イオリア・シュヘンベルグがGNドライヴを使ってやりたかった事って永久機関の実現でもガンダムという絶対の力の具現でもなくて、遠く離れた人と言葉を交わしたい、ただそれだけのことだったんじゃなかろうかと、今朝、ふと寝ぼけた頭で思いついた。
一応ガンダム00セカンドシーズン11話までのネタバレを意識して、続きは下に隠しておきます。
◆
単純にイオリアが人類の宇宙進出を願っていたと言う事と、ダブルオーライザーのトランザム発動時にあった精神感応エフェクトから思いついた妄想なのだけど。
イオリアは宇宙への進出、外宇宙への旅立ちを願ってはいたけれど、それは即ち往く者と残る者との間に無限にも等しい距離が出来てしまうということで。往く者同士にしても方向の異なるAとBに往く人とではやはり距離に隔たれてしまう。
新海監督の「ほしのこえ」じゃないけど、光で何年もかかる距離って感覚がデフォの宇宙ではどうしてもコミュニケーションをとりづらくて、下手をすれば一部の人々とは永遠にお別れしてしまうかも知れないわけで。それは起源を同じとするものとしてはとても悲しくて寂しい事だから、イオリアは途方も無い距離が間にあっても人と人がコミュニケーションを取れる場(力場と言ってもいいかも知れない)を作りたかった。そして見つけたのが精神感応という手段と、ある条件下でその媒体となり得るGN粒子で、GNドライヴは単にその発生器だった、みたいな。
精神感応が光の速度を越えるとか、それってもうSFじゃなくてただのファンタジーだよ、みたいなツッコミもありますが、既存のガンダム世界には思考で亜光速を避ける兵(例:「見える!」とか言ってビームを避ける人)が居たりするので
無問題です。ホントかよ。
◆
精神感応フィールドの強制展開とか、突き詰めて考えると秘匿事項の暴露、自我の融解、個の喪失etc...と、基本物語では否定される類のものなのだけど、GN粒子の精神感応はダブルオーライザーのトランザム発動時の演出を見る限り
①起動テスト時
平常時。マリーやアレルヤと言った、「感じ易い」人のみ感応現象(アレルヤのそれはちょっと違うかもだけど)を起こしている。
②11話終盤の戦闘時
戦場で死と向き合う全ての人(?)が精神感応している。
と、脳内物質の分泌とかそういった条件がもう一つ必要な様子(もしかするとマリーと荒熊さんは荒熊さんが死の危機に瀕したから繫がった?)。現在のコミュニケーションツールである「会話」が空気という媒介を通して話す・聞くといった動作を必要とするようにこの精神感応も誰かとコミュニケイトするにはGN粒子という媒介に対して何かしらアクションをしなければならない、みたいな感じなので某ブリタニア皇帝がやろうとした事と(僕のイメージ上の)イオリアがやろうとした事は全く別のもののように感じますが、どうでしょう?
や、今のところGN粒子を介してコミュニケーションを取るには
死ぬ気にならなければならないとかなってるので、それはそれで
嫌ですが。て言うか人によったら断末魔聞こえまくりじゃん、みたいな。
◆
GN粒子=宇宙時代の遠隔コミュニケーションツールとして考えると、平時のGN粒子が持つ通信遮断性も既存の価値を壊して新しいものを創造する、みたいな感じで捉えられ、ソレスタル・ビーイングの在り方と重なるところがあるので面白いような。
◆
と、まぁ、そんな妄想が本当だったとして、彼の夢を実現するための手段が兵器として転用されていたり、本来の使い方をしても恋人同士に悲劇を招いたり(沙慈とルイス。いや、まぁ知らずにお互い殺しあっていた方が幸せだったのか?と聞かれたらアレですし、不幸に目をつぶっているのは駄目!みたいなメッセージも以前あったような気がしたので結果オーライ?な感じもしますが)してるのは悲劇と言うか喜劇と言うか。とりあえず4年ぶりに沙慈の「声」を聞いて「ハレヴィ准尉」ではなくて素の「ルイス」に戻ったルイスが超可愛かった。
PR